キープインターマネージメント > ROCKY'S EYE > No17    

Rocky's eye No17 「許す民族の国”ジャブトーバーへ”の伝言」

米国のワシントンD・Cには米国を代表する多くの記念碑(メモリアル)が集まっています。 なかでもアーリントン墓地近くの硫黄島記念碑を米国人で知らない人はいません。この記念碑は硫黄島を奪回した米国海兵隊の若き兵士4名が星条旗を硫黄島の擂鉢(すりばち)山に誇らしげに立てようとしている瞬間が銅像になったものです。

東京都小笠原村硫黄島。北東に8キロ、幅も最大で4・5キロ、面積が品川区ほどしかないこの小さな島で、米軍は太平洋戦争史上最大の6,800名の戦死者を出しました。想像以上の苦戦を強いられたこの戦いは、いつの間にか米国の第二次世界大戦の勝利のシンボルとなっていました。

友人の熊本県長陽町の写真家長野良市さんは写真集『それぞれの戦争』のために6年前から元日本兵の取材を続けています。約50名の取材も殆ど終わり、最後に、元特攻隊員で、高倉健さん主演の映画 『ホタル』 のモデルにもなられた故 浜園重義(78歳当時)さんの写真の掲載のために、浜岡さんがお住まいだった鹿児島県指宿市の前之浜に取材にこられました。

写真を撮る前に浜園さんの宅の目の前の海で獲れた甘エビを食べながら、話はいつの間にか69年(今から数えて)前の硫黄島の戦いの話になっていました。浜園さんの故郷前ノ浜からも20名以上が硫黄島の防衛で戦死し、その中には浜園さんのお兄様もいたことなどを教えて頂きました。

終戦半年前の昭和20年2月、潤沢な兵器と物資にものを言わせ、上陸部隊6万人と桁違いの火力支援によって、熾烈な艦砲射撃と豪雨のような爆撃が開始されました。迎え撃つ日本軍は2万人余り、米軍は簡単にこの戦いは5日以内に終結すると予想していました。

ところが、日本軍は深さ10メートル、全長18キロの地下道をめぐらし徹底抗戦しました。 今日になっても全容が分かっていない地下壕からは、今でも遺骨や遺品が発見されます。地下壕の中は火山特有のガスや硫黄の臭い、それに地熱の苦しさはいかなる若者でも恐らく30分も耐えることができない最悪の条件です。しかし、69年前、食料も水も不足し、弾薬の補給も完全に途絶えた過酷な条件の中、ねばり強く1ヶ月間地下陣地を拠点に戦いを続けました。

注: 米軍は硫黄島での教訓を次の戦いに生かし、沖縄では洞窟陣地への徹底した砲爆撃と火炎放射器による攻撃を行い、民間と兵士の合わせて20万人が亡くなりました。

『それぞれの戦争』の最初のページには錦江湾と桜島をバックに漁師姿の浜園さんが載ります。この写真集には激戦地で奇跡的に助かった元兵士50名の当時と今の写真が回顧録と共に登場します。長野良市さんから数枚の写真を見せて頂きましたが、彼らの軍服に身を包んだ凛々しい姿。そして現在の笑顔。2つの写真の間に、日本は奇跡と呼ばれる経済発展を遂げ、世界でも有数の平和な国になりました。

話の途中で急に浜園さんが声を詰まらせ、目に涙を浮かべました。硫黄島の戦闘も殆ど終わり、米軍が島に星条旗を掲げました。しかし、次の朝になると星条旗はいつの間にか日の丸に替わっていたのです。しかも、それは一度だけではなく一週間も続いたそうです。硫黄島の日本兵は生還できる望みが全くなかったにも拘わらず、自分たちの抵抗が、少しでも本土決戦を遅らせることになることを信じて祖国の御楯となりました。

米国初代大統領ジョージ・ワシントンですら大規模農場主で沢山の黒人奴隷を抱えていたように、欧米では奴隷や人種差別が当たり前でした。まだ黒人が白人と同じ人間として扱われていなかった1919年、 人種平等という当時世界では常識はずれの理想を国是とした日本は、世界の歴史上初めて 『人種平等案』 を国際会議(パリ講和会議)に提出しました。 この時はアングロサクソンの白人至上主義者たちを激怒させ、アメリカとイギリスに強引に否決させられました。当時日本を除いた、インド、ビルマ、フィリピン、マレーシア、シンガポール、ベトナム、グアム、ラオス、カンボジアなど、東アジアの全ての国々が何世紀にも渡って欧米の植民地でした。そのため有色人は白人に劣る人種であるとお互いが認め合い、自分らは人種的に白人と比較して劣等な人種であり、白人にアジア人が逆らうなど不可能だと誰もが信じて疑わなかったにも拘わらず、日本軍は次々と白人を追い出し、自国自決の国家設立のために現地の独立運動を物心両面から支援しました。この日本軍の姿を、後に建国の父と呼ばれた、インドのガンジーやチャンドラ・ボーズ、インドネシアのスカルノ、ビルマのアウン・サン(スーチーさんの父親)らは絶賛。日本軍の戦いから、勇気と可能性を見いだした彼らは、次々とアジアの国々を独立に導きました。

注: 東京裁判では、日本軍が行った植民地の開放を「侵略」と定義しています。

さて、日本人は、東京裁判や南京大虐殺の汚名を晴らそうともせず、原爆、東京大空襲、シベリヤ抑留などの21世紀最大のホロコースト対して何一つ文句を言わず、全て許し、そして何の権利も主張しない不思議な民族です。お釈迦様は、自分が亡くなって2500年後、 即ち、最初の1000年間は教えが正しく伝わり、その後の1000年間は間違って伝わる末法の時代になり、それから500年後にインドの遙か東方のジャプトーバーという国で、自分の教えや考えが正しく理解され、これが争いを好まないこの国の人々の価値観と時代が相成って、世界に類を見ない平和で幸せな時代が始まると預言をされています。 (この新しい時代の始まりのことは、多くの宗教の教典にも書かれてあります)

大統領選挙に湧く米国。大統領選挙の前に、イランを巻き込んだ戦争が起こると米国を始めとする西側メディアのプロパガンダが始まっていますが、イランはホルムズ海峡を閉鎖もしませんし、戦争も起こしません。今回の大統領選挙は、イスラエから支援を取り付けることができなかったロムニー候補の当選はありえませんが、誰が大統領になろうとも、数年以内にイランの経済封鎖がもとで起こる革命で、リビア、イラクで行われたように、イランの石油は米国のものになり、決済通過はユールからは米ドルになります。 更に、突然勃発した、竹島、尖閣諸島問題と、時を同じくして安倍自由民主党総裁が誕生しましたが、近々安倍自由民主党総裁が総理大臣となり、自由民主党の結党以来の党是の”憲法改正”を、自らが”憲法第9 条の改正”を行うことになります。それが中国に対する最強のカードになることなど、安倍現総裁自身夢にも思っていないでしょう。全て、これらは全て米国の意思であることを日本人は忘れてはなりません。

果たして、争いの向こうに平和はあるのでしょうか。日本人が、今回行われている米国の思惑を目の当た りにして、自分たちと白人(欧米人)が目指す”平和”が根本的に違うことに気づくとき、日本人は先達が掲げた国是 『人種平等』 を思い出すでしょう。

もうすぐ釈迦が亡くなって2500年目を迎えます。

 

拝 Rocky Tamotsu

 




 



キープインターマネージメント > ROCKY'S EYE > No17  
ページの先頭へ▲

キープインターマネージメント
KeepIntermanagement Inc.

〒160-0011 東京都新宿区若葉1丁目10番地 太洋ビル 5階D
TEL 03-6380-1662  FAX 03-6380-1663
 


Copyright(C) 2006-2014 keepIntermanegement Inc.All right reserverd.