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Rocky's eye No7 「この国かたち」

人口1億3千万の日本人の中に、一体何人が日本には約2万8000種類の職業があり、その中に、「全世界の国々に暮らす人々の幸福を願う」仕事が存在しているのをご存知でしょうか?

チェスと将棋はインドで誕生しました。ペルシャを経て西洋に伝わったのがチェスとなり、中国を経て日本に伝わったのが将棋になりました。チェスや囲碁はお互いの駒を殺し合うのがルールですが、将棋も中国から朝鮮半島に伝わった時点ではチェスのように相手の駒を全て殺して試合終了でしたが、日本に伝わってからは相手の駒が再使用可能な今のルールに発達しました。コンピューターがチェスや囲碁、オセロの世界チャンピオンをいとも簡単に負かすのに、未だに将棋だけには勝てません。

1919年、第一次世界大戦直後のパリ講話会議で、議長のウッドロー・ウィルソン米国大統領は、永続的な世界平和の基礎として、国家の平等、権利の平等を唱える国際連盟の構築を提唱しました。国是でもある人種平等を押し進める絶好のチャンスと考えた日本国政府は、元首相の西園寺公望全権を始めとする100人をパリに送り込み、国際連盟の規約に 『全ての人種は平等である。人は人種によって差別されない』 という旨を規約に入れることを提案しました。

現地で必死の根回しを始めた全権団は、白人優位の欧米からの大反発から、人種という言葉を削減して、『国家平等の原則と国民の公正な処遇』 とした修正案を提出までこぎつけました。その一方で、日本人には発言させないなどの妨害工作や、英米が密かに手を組み人種平等案を闇に葬る手はずが整っていましたが、投票の結果は、日本の努力が実り16票中11票の圧倒的な賛成を得ました。しかし、議長のウィルソン大統領は、それ以前の2つの票決は多数決であったにも拘わらず、これに関しては全会一致の賛成が得られなかったので採択されないと 勝手に宣言。独断で会議を延期したあげく、ウィルソンは翌日米国に帰国し、日本の案を無視した形で連盟規約案は配布されました。議長ウィルソンは同年ノー ベル平和賞を受賞しています。(当時の米国では、白人と黒人は、学校、交通機関、宿泊施設、スポーツ施設、トイレまでもが完全分離されており、国民も議会も人種平等の原則を受け入れる状況ではありませんでした)

西園寺公望全権団は、途中ニューヨークに立ち寄り黒人の指導者たちから、『世界中のあらゆる人種差別と偏見をなくす』 ことに尽力してほしいとの嘆願書を渡されました。全米1000万人を始めとする世界中の黒人が固唾を飲みながら会議の行方を見守っていましたが、結果的に自国の大統領に裏切られることになった黒人達は、全米各地で大規模な暴動を起こし多くの犠牲者を出しました。米国の黒人が平等な市民権を得たのは、パリ講話会議から40年後の事でした。

さて、『八紘一宇(はっこういちう)』 という言葉があります。残念ながらこの言葉は、戦時中全世界の天皇支配を占めるスローガンとして誤解して使われてしまいました。しかし、日本書紀の建国の詔(みことのり)には、神武天皇が即位の抱負を、『八紘(あめにした)を掩(おお)ひて宇(いえ)・・・』 と述べたと記されています。これは、今から2660年前に、初代天皇の神武天皇が、民族を宝として、同時に全世界の民が一つ屋根の下で仲良く暮らそうと言う意味のスケールの大きな願いで、ここから今日の『八紘一宇』が導かれています。

長い歴史のある中国や欧州では、今まで数えきれないほどの権力闘争が行われ、いつの時代も最後に頂点に立つ者は、それまで権力のあった一族を葬り、伝統や文化を改め、過去の歴史を自分たちに都合の良いものに書き変えてきました。時の権力者が支持する宗教を国教として無理やり国民を改宗させることは日常茶飯事でした。ところが日本では、世界史上類をみない独特の方法で国を治めています。日本では、幾たび政権が変わろうと、将軍は自分の上に天皇を戴き、それが当たり前のようにバランスを保ってきました。誰から諭されることもなく、天皇を国家の中心に位置付けているのです。どんなに権力闘争の末トップに上り詰めても、今まで一度たりとも自らが天皇になることを試みた者はいません。それよりも、いかにして、天皇から錦の御旗という力添えを頂き、各地の武将や一般大衆を味方に付けるかが彼らの最大の戦略となりました。

宮中には賢所(かしこどころ)、皇霊殿、そして神殿と呼ばれる3つのお社(やしろ:宮中三殿)があります。賢所は天照大神(あまてらすおおみかみ)を祀り、皇霊殿は歴代の天皇の御霊、そして神殿には日本全国の八百万(やほよろず)の神様が祀ってあり、歴代の天皇は、大昔よりこれらの3つの神社を参拝されます。

大和朝廷時代、本来なら天皇の宗教をそれぞれの部族に押し付けてもよかったにも拘わらず、逆に神殿にて、日本中の部族が信仰していた神様をお社に集め、天皇御自身が礼拝してきました。このように、八紘一宇の精神が脈々と息づく皇室は、欧州の冠たる王家が敗戦と共に下野したにも拘わらず、第二次世界大戦では、30万人弱の米国兵が戦死し、300万人強の日本人の戦死者を出しても、未だに125代の皇統が2660年も続いています。

韓国では朝鮮戦争以来、2000万人ものキリスト教信者が誕生し、東洋最大のキリスト教国になりました。しかし、なぜか海一つ隔てた日本では、フランシスコ・ザビエルの布教以来465年の長い歴史があるのにも拘わらずキリスト教信者は人口の僅か1パーセントに留まっています。西欧諸国は発展途上国を植民地化する場合、「商人―宣教師―軍隊」の順番で送り込み、いつの間にか相手に 『NO』と言えない状況を作ることにより世界中に植民地を広げてきました。勿論、日本軍はアジアで神道の布教など全く行っていません。是非は別にして、日本でのキリスト教の布教は、なぜか世界中で唯一の失敗に終わっています。

欧米にとっての植民地の存在意義は、有効且つ、効率的に本国の利益に結びつくことで、永続的に服従させる状況を保つため、現地のインフラ整備や教育制度の確立など意図的に行いませんでした。当時の植民地政策はこのようなやり方が当たり前だったのです。しかし、日本は八紘一宇の精神に則り、現地の発展に物心両面で援助するという、これまで欧米の植民地政策とは全く違う方法を選択しています。両国の合意で成立した朝鮮併合後も、朝鮮が一日も早く近代国家に近づくために、インフラ整備は勿論のこと、産業、教育の発展にも努力を惜しみませんでした。台湾でも東洋一の烏山頭ダムや、万里の長城よりも長い総延長距離1万6000キロの灌漑用水路(台湾で一番尊敬されている日本人・八田與一“はった よいち”により造られました)を造るなど、日本の財政が逼迫しているにも拘わらず、朝鮮と台湾復興のために、自国よりも多額の資金を投入しています。 教育向上には最も力を傾注し、台湾、朝鮮にも帝国大学を相次いで開校しています。朝鮮からは貴族議員を任命し、将来は衆議院選挙も行う予定でした。

また、朝鮮国王の名誉を守り、敬意を称して日本の皇族と同列として加えるという、欧州の王族では絶対に考えられないことまで行い、更には、同盟国ドイツからのユダヤ人排除の再三の要求も『八紘一宇の精神に反する』と、要求をはねつけ、3万人ものユダヤ人の命を救っているのです。

当時世界人口15億5千万人のうち約7割弱が有色人種で、その中で日本は唯一の有色人の一等国でした。大人と子供のようなものだと自他共に認めた欧米列強と有色人種との関係は、白人の方からみすみす自分たちの権利を手放すなど考えられず、有色人種の誰かが奮起し、実力で差別という鉄の壁を突破する方法しか道は残されていませんでした。白人たちは、大東亜戦争当初まで何世紀にも亘りアジアを植民地として支配していた欧米諸国を一瞬にして追い出し、奴隷状態からの独立を不可能と信じて疑うことのなかった地域に希望を与え、以後世界地図は一変しました。 

戦争は決して肯定されるべきではありません。しかし、もし、日清・日露、そして大東亜戦争がなければ、東南アジアを始め、世界の90パーセントは今でも植民地だったでしょう。有色人種を代表して世界の人種撤廃と戦うことは、好むと好まざると、日本にとっての宿命だったのです。日米和親条約での開国を境に、近代国家の仲間入りして僅か64年しか経っていない東洋の小国が、人類史上初めて人種差別撤廃を全世界に提案し、後に大東亜戦争により白人至上主義を終焉させたのでした。

注: 白人至上主義は見えない形で未だに続いており、本当の意味での終焉は、日本、中国、
    インド、韓国、台湾、インドネシア等のアジアの国々が一丸となる以外に方法はありえません。
    これから本当の意味での日本の「八紘一宇」魂外交が試されようとしています。

 

拝 Rocky Tamotsu

 




 



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